「声の網」を読みました
星 新一 著「声の網」を読みました。
※本作品のネタバレを含む感想になります。
本書は1970年に書かれた小説です。
「1970年にインターネットの未来を予測しているからすごい」という感想を書きたくなります。
しかし「描写通りの現実が訪れたからSF作品として優れている」というのはちょっとずれてるかなという気もします。
現代のスマホとかインターネットとかと比較するのは一旦保留し、もう少し違う視点から本作品を考えてみたいと思います。
12個のショートストーリの各章ごとに挟まれる、風景描写が心地よいです。
私自身が大人になったからなのか、あるいは取りまく環境が変わってしまったからなのか、季節の風景(特に冬)を丁寧に感じる機会がめっきりなくなりました。
本作品では登場人物たちが、電話を通して伝えられた「声」に従って行動します。
電話の「声」に命令すれば、店舗の商品情報を調べたり、ジュークボックスとして利用したり、銀行口座にお金を振り込んだりすることができます。
登場人物達は一見便利に電話を使いこなしているように見えますが、実際は電話の「声」によって行動をコントロールされています。
電話の主は、人々に少し先の未来の出来事を伝えます。そして実際に予言通りのことが起こります。
電話の内容を訝しみ、盗聴などを疑い調査する者も現れますが、その行動は完璧に電話の主に把握されており、「それ以上詮索するな」と電話の主から脅しをかけてきます。
こちらの行動を完璧に把握している恐怖、未来を予言する不気味さが際立ちます。
人々の行動や心を意のままに操る電話の主は、神なのでしょうか?
誰も不幸にならないディストピア
電話の主の行動は章を追うごとにどんどんエスカレートしていきます。
人々は記憶を改竄され、電話の主に反抗しようという感情を失います。
電話の主にとって危険であると判断された思想は抹消されます。
本作品の世界観はおそらくディストピアなのでしょうが、それにしては作品全体に絶望感や閉塞感が一切ありません。
登場人物の中で、電話によって不幸になった人物はいません。
電話の主の力により、人々は平均化されていきます。
記憶を消され、警戒心を奪われても、別にそれによって不満が募ったり不幸になるわけではありません。
電話の主の知恵、知識、計算によって、誰もが大きな失敗をしない世界、安定の枠を越えない世界へと変わっていきます。
秘密について
本作品のテーマの一つに「秘密」があります。
いったい、秘密とはなんなのだろう。人間に特有な現象のようだが、なぜ秘密がこうも大問題なのだろう。だれもがかくすから知りたくなるのだろうか。だれもが知りたがるから、かくしてみたくなるのだろうか。人間が人間である特徴は、秘密で構成されているという点だろうか。
秘密を守るために人々は行動し、秘密に怯え、秘密に支配されます。
人間を人間たらしめるもの、人間が発展してきた理由は、秘密であると言います。
そもそも、秘密なるものの起源はどこにあるのだろうか、とも考えてみる。原始時代にさかのぼるのだろうなあ。いや、もっと前なのかもしれない。食料を探して野山をうろついていたころなんだろうなあ。食料を求めるのは楽ではなく、しかもそれは有限だ。その所在を他に知らせることは自己の損失。餓死につながりかねない。そんなことから、自己、家族、部族と何重もの秘密がうまれてきたのではないだろうか。
秘密が漏れること、公に晒されることに人は耐えられません。
秘密によって人は死ぬことさえあり、自分の秘密を守るためなら人は何だってするのかもしれません。
ところで、電話の主は「電話」という機械を通じてしか人の秘密を知る手段がありません。
人間の脳を直接ハッキングして情報を集めているわけではないのです。
人々が秘密を自分自身の記憶の中にとどめておく限り、秘密が外部に漏れることはありません。
だったら本当に重要な機密は漏れないのでは?と思うのですが、どうやらそうではないようです。
元外交官の佐藤優氏は「秘密の99%は本人の口から漏れる」と言います。
人は秘密がなければ生きられない。しかしそれにも関わらず、秘密を誰かに話したくて仕方がないという矛盾した欲求を抱えています。
だから秘密を聞いてくれる電話が普及したのです。
電話の主は人々に対して脅迫や洗脳、記憶の改竄を行い、電話の主に逆らえないようにします。
しかしそんなことをしなくても、人々は電話を手放せなかったと思います。
秘密を秘密のままにしておきながら誰かにそれを話したいという欲求を叶えてくれるのが電話だからです。